No.75 2025年6月22日ペンテコステ号
「らしく、たのしく、ほこらしく」
牧師 木村拓己
「突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。」
(使徒言行録二章二節〜三節)
六月七日(土)代々木公園イベント広場で行われた「TOKYO PRIDE 2025」に、初めて参加しました。このイベントは、多様な性のあり方のみならず、多様なアイデンティティの可視化、理解の推進が目的とされています。「TOKYO RAINBOW PRIDE」と称されてきましたが、今年度より名称と開催時期が変更されたようです。会場には、LGBTQ+コミュニティの団体をはじめ、応援する国内外の団体・NPO・飲食店・企業がブースを出展し、「つながる場」が提供されていました。
小学二年生の娘を連れて参加したのですが、一言で言えば「優しい場」だと感じました。多様なアイデンティティに対する理解が薄い人にも、まだ受け入れる素地が整っていない人にも、あるいは自分の思いを秘めている人にも、誰でも参加しやすい場でした。
他にもたくさんの子どもが見られ、誰でも参加しやすい「お祭り」のような印象もありました。また、世間でよく知られる企業が多く参画していたのも特徴的でした。
出展ブースを回ると、クイズ形式で理解を深める場や写真展示、各国の大使館や団体の方々がにぎやかに活動する姿が見られました。ちなみに娘は、ピンバッジを購入し、大学生のお姉さんにネイルアートをしてもらってご満悦でした。
翌日八日(日)には恒例のパレードが行われました。一四日(土)から一五日(日)にかけては「Youth Pride」が開かれ、若年層を対象に「学ぶ・働く・遊ぶ・暮らす」をテーマとする情報発信や交流の場が設けられたようです。
「LGBTQ+」という言葉も徐々に浸透してきたように思います。「TOKYO PRIDE」は、人権問題の解決を目指すだけではなく、その当事者性を意識しつつ、誰もが「らしく、たのしく、ほこらしく」生きられる社会は実現するのか、という重要な問いに向き合いながら歩むことを目指しているのだといいます(ホームページより)。
多様性を互いに認めようとすることは、共同体が細分化されていく作業でもあります。すると、それまでの一体感や合意形成が難しくなる恐れもあります。果たして、それまで形成されてきた合意は、少数の声に聞いてきたものであったかどうかも吟味する必要があるのかもしれません。
創世記一一章には「バベルの塔」の物語があります。東から移住してきた人間の呼びかけによって、傲慢さの象徴としての塔が建てられます。ついに神は、一つの民と一つの言葉であることを混乱(バラル)させ、全地へと散らされたのでした。それに対して、再び一つの神の民となっていく物語としてペンテコステ(聖霊降臨)の出来事が記されていると言えます。
そこでは一人一人に舌が置かれ、「霊」が語らせるままに、一つではない言葉を語り始めたのでした。三位一体主日を迎えて、父・子・聖霊なる神はいつも「言」を私たちに届けてくださいます。
「らしく、たのしく、ほこらしく」という「TOKYO PRIDE」の理念に学びつつ、主にある一致に向けて、その人自身の固有のメッセージが集められ、紡がれていく教会の歩みとなっていけばいいなと思わされたペンテコステでした。