教会だより

No.60  2019年11月24日

クリスマスの星

牧師 石田 透

アドベントになると、クリスマスツリーが飾られ、通常てっぺんにはかわいらしい星が飾られます。これは新約聖書マタイによる福音書のイエス誕生物語に出てくる不思議な星を象徴する意味で飾られるのです。紀元前七年に木星(幸運の星)と土星(パレスティナの守護星)が急接近したそうです。当時の星占いの学者たちはいろいろな解釈をしました。問題はそれを何と結びつけて解釈するかです。いわゆる体制の御用学者たちは、ローマ皇帝アウグスト、さらにはその家臣であるパレスティナの支配者ヘロデ大王に結びつけ、権力の発展栄光のしるしであると言いました。他方、力と力が競い合う権力者の支配の時代は過ぎ去り、人々を本当の幸せへと導く新しい時代の到来のしるしであると、果敢にも宣言した人たちもいたのです。

マタイによる福音書の記者はナザレのイエスの物語を、しいたげられ小さくされた人々への神さまの約束の実現として描きました。しかし、それを当時のユダヤの人々は直ちに理解することが出来ませんでした。その人々は分からなかったけれども、遠い東の国の博士たちにそのことが知らされ、世界の救い主誕生を心から待ち望んでいた博士たちは、そのニュースを心ふるわせて受け取ったというのが福音書記者マタイの言うところです。アウグスト・ヘロデ・権力者・支配者あるいはその支配をよしとして生き延びようとする人々の生き方の筋道は、この世的な繁栄を求めていくところに特徴があります。言わばこの世の通念のような考え方がそこにはあります。それに対して福音書は、それとは別の生き方、つまり「地位や富や能力などを第一に求めていくという人間支配の力が優先するような世界とは別の世界が確かにあるのだ。」と宣言するのです。

「クリスマスのほし」という絵本があります。動物の村の教会学校に通う子どもたちの話です。彼らはイエスさま誕生のドラマ、ページェントの準備を始めます。みんな思いおもいの役を演じることになりました。しかしヤマアラシの子どもには役が与えられません。彼は雑用係をすることになります。彼はひどく悲しみます。でもヤマアラシのお母さんは、雑用係も大切なお役目と言って彼を励ますのです。そしてページェントの当日、劇がクライマックスにさしかかった時、ツリーのてっ

 

ぺんに飾られる「クリスマスの星」がないことに皆気が付きます。その星がないと馬小屋で眠る赤ちゃんイエスさまの所に行くことが出来ません。一体この先どうなることやら、皆心配でたまりません。するとヤマアラシの子どもが舞台の上をくるくると動いて、身体にキラキラ輝くモールをくっつけ、ツリーのてっぺんに登るのです。ツリーのてっぺんにはキラキラと「クリスマスの星」が輝き、人々にクリスマスがやってきたことを告げるのです。仲間外れにされたヤマアラシの子どもが、最後に星として輝きます。弱いと思われる人々に光が当てられ、その人が豊かに用いられていく。彼らこそが新しい希望を担う存在となるのだというメッセージが、そこには示されています。

弱い者が片隅に追いやられるというのは、時代を超えた人間の現実です。しかし、そのような者が神さまの大切な御用のために用いられ、それを目撃した者、追いやっていた側にあった者が自らの弱さや過ちに気づき、共に和解と平和に向けて新しい第一歩を踏み出していくことが、クリスマスに示された私たちへの希望のメッセージなのです。