お知らせ

  • 主日礼拝を6月7日(日)より再開いたします。暫くの間は奏楽及び讃美歌はなし、他の当番もなしとします。6月の礼拝後の諸集会も中止といたします。
  • CSも6月7日(日)より再開いたします。
  • LTMは6月3日(水)より再開いたします。
  • 聖研祈祷会は6月4日(木)より再開いたします。
  • 礼拝及び集会に参加する時は、マスク着用でお願いいたします。日々体温を測り、体調がすぐれない場合は参加を控えてください。よろしくお願いいたします。教会受付にて手指用の消毒液がございます。
    (更新:2020年6月7日)
  • 教会創立116周年記念日礼拝説教「新しい人として」 石田
                エフェソの信徒への手紙2:11-22   2020.7.5        

    パウロはエフェソの教会の人々に向かって言いました。「だから、心に留めておきなさい」。ではいったい何を心に留めておくのでしょうか。
     1954年版の口語訳聖書では「だから、記憶しておきなさい」と訳されています。いったい何を記憶すべきだとパウロは言っているのでしょうか。岩波書店訳は「思い起こしなさい」。著名な聖書学者である前田護郎の訳は「お忘れなく」です。
     エフェソの教会の人たちはこのパウロの促しの言葉を聞いて何を心に思い描いたのでしょうか。何を心に留めたのでしょうか。何を記憶すべきだと思ったのでしょうか。私たちが「忘れてはならない」こととはいったい何でしょうか。私たちが折に触れて「思い起こさなければならない」こととはいったい何でしょうか。
     パウロが言いたかったことは、一人ひとりが新しく造られて、神さまのかけがえのない作品とされている事実をしっかりと受け止めなさいと言うことです。そのようにされているのだから、それを忘れず、感謝して心に留めておきなさいとパウロは熱心に語るのです。そしてエフェソ教会の中で異邦人であった信者たちに向け、パウロはこう言うのです。
     「あなたがたは以前には肉によれば異邦人であり、いわゆる手による割礼を身に受けている人々からは、割礼のない者と呼ばれていました。また、そのころは、キリストとかかわりなく、イスラエルの民に属さず、約束を含む契約と関係なく、この世の中で希望を持たず、神を知らずに生きていました。しかし、あなたがたは、以前は遠く離れていたが、今や、キリスト・イエスにおいて、キリストの血によって近い者となったのです。」(2:11-13
     このように新しい生活をするように造りかえられた今、決して忘れてはならないことがあるのです。あなたがた異邦人がそのようにされたのは、決して簡単なことではなかったのです。パウロはそう言うのです。これはまさにパウロの本音です。決して異邦人たちを低く見ていたと言うことではありません。彼が強調したかったことは、全ての者を救いへと導くために、イエス・キリストが為して下さった恵みの数々を忘れてはならないということです。そしてその背後にはイエスさまご自身の大いなる苦しみがあったということです。そのことをいつも心に留めておきなさい。とりわけ、あの十字架の出来事を心に留めておきなさい。イエスさまと言う方は、ご自分の苦しみと引き換えに、全ての者に福音を伝えようとされたのだと言うことです。福音という言葉を、愛、恵み、喜び、救い、平安、様々な言葉に置き換えることが出来ます。イエスさまはその全てを私たちに与えようとされたのです。
     私たちは、二千年前、初代教会の人たちの宣教により、広く異邦人にも福音が及んでいったことを知っています。そして福音が古いイスラエルの枠を破るのは当然であり、むしろ必然であったと考えています。キリスト教はなるべくして世界宗教となったと思っています。しかし、当時それは私たちの想像を超える大事件でした。ユダヤ人にとっても異邦人にとっても大事件でした。当時のユダヤの人々はそれこそ律法を、命を賭けて守っていました。ですから彼らにとって、律法も知らず、割礼もしない者が救いに入れられるということは到底考えの及ばないことだったのです。その「無割礼」の異邦人が救いに入れられる、それはまさに歴史的大事件以外の何物でもありません。律法により隔てられていた者たちが、ただただキリストの恵みにより、キリストに在る新しい人へと共に造りあげられていくのです。これは感謝以外のなにものでもないのです。
     ですから私たちは、そのことを心に留めておかねばならないのです。そのように恵みによって救われた日のことを私たちは記憶すべきなのです。今、私は大切なことを記憶すべきだと申し上げておりますが、記憶に呼び覚ますべきことが実は二つあると思っています。一つは私たち自身の救いのドラマです。イエスさまと共に歩むこの信仰の人生がいつ始まったのかと言うことです。もう一つは私たちを救いへと導いてくださるイエスさまはどういうお方なのかと言うことです。つまりイエスさまご自身のドラマ、イエスさまの人生は如何なるものであったのかということです。
     信仰生活というのは神さまを信じている生活です。日毎に恵みを受けている生活です。でもそれがあまりにも自分にとって当たり前で普通のものとなってしまう時、信仰生活のマンネリ化というものが起きてきます。また私たちは何かのきっかけで、人に躓き、教会に躓き、社会に躓いて、さらには自分に躓いて、信仰生活や教会生活が喜びやうれしさだけに彩られているのではないことをしばしば体験します。クリスチャンであることが煩わしくなってしまうことがあります。教会に来ることがいやになってしまうことがあります。そんな時、私たちはどうすればよいのでしょうか。その心の迷いや心の空白をいったいどのようにして埋めていったらよいのでしょうか。自分ではどうしようもない、この圧倒的に足らないところをどのようにして補ったらよいのでしょうか。
     特効薬はおそらくないと思います。では私たちには何ができるのでしょうか。それはまず、謙虚に祈ることです。そして聖書を必死になって読むことです。それらに加えて大切なことは自分自身が救われた日、別の言い方をすれば、イエスさまと出会った日のことを思い出すことです。それが今この時を思い悩みながら生きている私たちを信仰の原点に今一度導き、その思い巡らしの一つ一つが私たちの心を整えるのです。私たちの信仰生活には確かに始まりがありました。その生活は初めの日にキリストと出会い、キリストの恵みによって救われたと言う事実に基づいているのです。幼児洗礼を受けた方はその日を記憶に呼び覚ますことは出来ないと言われるかもしれません。なるほど、いつどんな時と言えない場合もあります。でもキリストが一人ひとりに出会い、そして一方的に恵みをお与えになった、その事実は決して消し去ることは出来ないのです。
     私たちはエフェソの教会の人たちがどのように福音に接し、彼らがどのように信仰者として成長していったのかを学ぶことにより、自分自身の信仰を振り返りたいと思います。彼らがそうであったように、私たちは神さまを知らなかった日のことを時に忘れてしまいます。自分がこのように恵みの内に生きていることが当然のことのように思い、かつてどんな生活をしていたのかを忘れてしまうのです。恵みに慣れてしまって新鮮さを失うとは、よく言われることです。
     私たちが意識していなくても、いつも私たちに注がれ、私たちを日々生かし、その生活全体を支える主の恵みが、いったいどこから来ているのか、私たちは心に留めておきたいと思います。イエスさまご自身がかつて言われたこと、それを心に留めたいと思います。そのことを幾たびも思い起こしたいと思います。最後の晩餐でのイエスさまの言葉を思い起こしましょう。イエスさまはパンを裂き、また杯を持ち、それを分かち合って言われました。「わたしの記念としてこのように行いなさい」(ルカ22:19
     今私たちは共に月毎の聖餐式を守ることが出来ませんが、聖餐式を通して私たちはイエスさまご自身を思い起し、その恵みの生きざまの全体を受け取ってまいりました。その経験を通して私たちもイエスさまのように生きるように促されるのです。イエスさまがそうなさったように私たちも自らを捧げ、分かち合って共に生きるのです。思い起すということはただ漠然と思いだすのではなく、それを今に生かすことです。それがイエスさまを記念することなのです。私たちが共に聖餐に与り、主の恵みを新しくいただくように、自分自身の信仰の始めの日、確かに救いの出来事が起きたことを思い出すことによって、今もかけがえのない救いの中に生かされていることを私たちは知るのです。
     人間の全ての問題が解決される道はイエスさまの十字架であり、そこで流された血によるというのがパウロの確信でした。そこに本当の希望があるとパウロは言いました。私たちもそのことを心に留めたいと思います。

  • 主日礼拝(毎週日曜日 午前10時30分)
    次週礼拝予告
    2020年7月12日(日)聖霊降臨節第7主日
    聖書:使徒言行録 9章 36-43節
    説教題:「起きなさい」 佐藤 嘉哉 伝道師
    詩編:49編13-21節
    (更新:2020年7月5日)
  • 子どもの礼拝のお知らせ
    2020年6月7日(日)9:00より再開します。
    (更新:2020年5月31日)
  • 聖研祈祷会
    日時:2020年7月16日(木)19:00
    場所:教会1F ホール
    聖書:サムエル記下5章
     
  • ランチタイム・メディテーション -698th-
    2020年7月15日(水)12:00~13:00
    ‐オルガンと瞑想のひととき‐ org.苅谷和子
    (オルガンの演奏は12:30より約20分間)
  • 礼拝堂見学について
     現在、礼拝堂見学は、新型コロナウイルス感染拡大防止対策のため
     中止しております。 
  • 原宿教会・原宿幼稚園バザーについて
     2020年10月11日(日)に予定しておりました「原宿教会・幼稚園バザー」は中止とさせて頂きます。
     (更新:2020年6月16日)